野沢尚はドラマ「砦なき者」(2004年4月2日放映)を残して同年6月28日縊死した

http://nozawahisashi.jp/ 野沢尚 公式




伊丹十三が(1997年12月20日)投身自殺した。
新井将敬が(1998年2月19日)縊死した。
中小企業の三人の社長は 牛丼を最後の晩餐にして、
同年同月揃って縊死した。


そして 野沢尚は TVドラマ「砦なき者」(2004年4月2日放映)を残して
(2004年6月28日)縊死した。

TV砦なき者


















「人間は人生のやり直しなどできない。
自分が背負った過去や罪から
目をそらさず、一生それを抱えて生きなければならない」





後ろ指さされた官僚たちは 死をもって責任を取ろうとする。
『失楽園』の2人は心中し、『HANA-BI』の2人も自殺する。
みんなが死に魅せられている。
これが世紀末の人間の姿なのか。

こんな大人たちの有様を見て、 子供は思うに違いない。
 『要するに死ねばいいんだ。追い詰められたら、死に逃げ込めばいいんだ』

危険極まりない時代だ。

だから言いたい。

「どんなに悲惨な過去に苦しめられ、
どんなに罪深い過ちを犯していようと、
すべてを引き受け、その人生を生きろ」と。

--------フジテレビ ドラマ『眠れる森』(幻冬舎文庫)の
                  最後に掲載されている野沢尚の手記より


死があっけないほど、残される人間の虚無感は深い。
この虚無を描くことによって、
死が甘美なものとして現代に蔓延しつつある危険が
胸に迫ってくるのではないか。
いつだって苦しいのは、死ぬ側でなく、生き残る側なのだ。

倒れる









----------某巨大掲示板への04/06/28 の書き込みより




2004年年初
『砦なき者』『深紅』の文庫本出版記念の宴席でのこと

NHKで21世紀スペシャル大河『坂の上の雲』の
制作が決まり、脚本を書いている最中だったからだ。
司馬遼太郎さん、みどり夫人も
これまで許可しなかった『坂の上の雲』の映像化が、
初めて許されたこと、何カ国もロケハンし
すでに執筆が順調に進んでいること、
会戦のシーンはコンピューター・グラフィクスを
駆使した大規模なものになりそうなことなどを、
野沢さんは雄弁に語った。

ビールから紹興酒と進むにつれ、
席はますます賑やかになった。

司馬さんのためにも恥ずかしくないいい作品にしたい、
野沢さんはほのかに赤い顔でそう繰り返した。

笑い声に満ちたその席は、
「死」から最も遠い場所にあった。

  松原耕二(文庫本『砦なき者』の解説を書き、
                 宴席に同席したジャーナリスト)




同年 「砦なき者」の放映の3ヶ月後、野沢尚は 仕事場で首を吊った。
「夢はいっぱいあるけど、失礼します」という遺書を残して。

なぜ野沢尚は死を選んだのか。

野沢尚を高揚させた『坂の上の雲』の執筆の最中、
彼の心のなかに何が起きたのか。


2004年年初からの6ヶ月 いや 同年4月以降 3ヶ月の時間軸に 
野沢尚の 深い心の闇 が横たわっているのは
確かなのですが、
その闇を読み解くこと
残された ちあきは 出来ないで います。





----野沢尚の心の闇 改題(09.07.15) 

想い入れ症候群 へリンク 

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  • 白線同盟駆坂あかね様
     御賜物<KAREN>

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