『坂の上の雲』(さかのうえのくも)

『坂の上の雲』(さかのうえのくも)は、司馬遼太郎による長篇歴史小説。
司馬の代表的作品の一つとされる。

『坂の上の雲』とは、
封建の世から目覚めたばかりの日本が、
そこを登り詰めてさえ行けば、
やがては手が届くと思い焦がれた欧米的近代『国家』というものを
「坂の上にたなびく一筋の雲」に例えた切なさと憧憬をこめた題名である。


作者司馬遼太郎は、自身の戦争体験から日本の成り立ちについて、深い感慨を持つに至った。 しかし、第二次大戦後新聞社勤務を経て作家となるのだが、題材として振り返るには、時間を要したようである。 本書は、作者23番目の作品である。 近代日本の定義を明治維新以後に置くとするならば、本書は正に作者にとって初の近代物となる。 作者が常々に問う日本特有の精神と文化が、19世紀末の西洋文化に対しどのような『化学反応』を示したかを知るのに最適の作品である。

作者は、「坂の上の雲」を書くにあたり、「フィクションを禁じて書くことにした」といっている(朝日文庫「司馬遼太郎全講演5」)。フィクションを禁じたので、描いたことはすべて事実であり、それが事実であると確認できないことは描かなかったと作者は主張している。

当初は秋山好古、秋山真之の兄弟と、正岡子規の3人を主人公に、松山出身の彼らが明治という近代日本の勃興期をいかに生きたかを描く青春群像小説を意図したようである。
前半は、秋山好古が師範学校を経て陸軍士官学校に学びフランス留学を経て日本騎兵を一からつくりあげてゆくようすを基点にしている。
秋山真之は、松山中学から実兄の好古を頼り上京。 帝国大学進学を目指し、共立学校を経て大学予備門(のちの一高)に在籍する。
真之に遅れ上京した正岡子規との交友関係は、読者には楽しく、また、明治初期の青年の志について理解を深める材料ともなるであろう。

夏目漱石が彼達の友人に属し、子規との交友関係を綴る話は、明治の濃密的な時代を語る。 子規は、帝国大学文学部へ進学。真之は、海軍兵学校へと異なった道へ進む。
この時点での重要なモチーフの一つは、羸弱(るいじゃく)な基盤しか持たない近代国家としての日本を支えるために、青年たちが自己と国家を同一視し、自ら国家の一分野を担う気概を持って各々の学問や専門的事象に取り組む明治期特有の人間像である。
好古における騎兵、
真之における海軍戦術の研究、
子規における短詩型文学と近代日本語による散文の改革運動等が、
其々が近代日本の勃興期の状況下で、代表的な事例として丁寧に描かれている。

後半、特に子規の没後は、秋山兄弟が深く関わった日露戦争の描写が中心となる。
本書は、あたかも“小説日露戦争”であるかのような雰囲気になる。
作者が日露戦争そのものを巨視的且つ全体的に捉えることを意図し、後半部分では本来の主人公である秋山兄弟の他に児玉源太郎、東郷平八郎、乃木希典などの将官や各戦闘で中心的な役割を果たした師団と日本海海戦についての記述に紙幅が割かれている。

----Wikipedia より

1968年(昭和43年)から1972年(昭和47年)にかけて『産経新聞』に連載されたというが
その生産的営為は驚倒するばかり。
ましてこれの脚本化に取り組んだ野沢尚の力技たるや謎そのもの。

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ちあき

  • Author:ちあき
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     『 0 』 ( 2013.07.05 )

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