皇太子殿下 皇位継承者としてのご覚悟 2---53歳のご誕生日に寄せて

皇太子さまは2013年2月23日、53歳の誕生日を迎えられた。

これに先立つ東宮御所での21日の記者会見で、

昨年夏から月1回、御所で天皇陛下と秋篠宮さまと懇談を重ねてきていることについては「陛下のご意見をうかがったり、意見交換することは非常に大切なこと」と話し、象徴天皇のあり方を模索する上で「大変ありがたいことと思っております」

と述べられた。

これは 下の皇室典範の定める皇位継承順位表で明確に推量できる事ですが、皇太子と秋篠宮間では天皇家の秘儀秘伝の父子相伝が、おそらくは年齢差から考えて実施することが困難なので、今上天皇の英慮で 秋篠宮 同席の懇談が、始まったものと考えます。

近頃 皇太子退位論が週刊誌を賑わせていますが、なんとも腹立たしい限りです。





皇位継承順位

順位 皇位継承資格者 読み 性別 生年月日 現年齢 今上天皇から見た続柄
1位 皇太子徳仁親王 なるひと 男性 1960年2月23日 53歳 第1子(長男)
2位 秋篠宮文仁親王 ふみひと 男性 1965年11月30日 47歳 第2子(次男)
3位 悠仁親王 ひさひと 男性 2006年9月6日 6歳 孫 / 第2子秋篠宮文仁親王の第3子(長男)

4位 常陸宮正仁親王 まさひと 男性 1935年11月28日 77歳 弟 / 父昭和天皇の第6子(次男)
5位 三笠宮崇仁親王 たかひと 男性 1915年12月2日 97歳 叔父 / 父昭和天皇の弟 / 祖父大正天皇の第4子(四男)
6位 桂宮宜仁親王 よしひと 男性 1948年2月11日 65歳 従弟 / 叔父三笠宮崇仁親王の第3子(次男)





皇太子53歳 i誕生日 記者会見


◆皇太子さま53歳 誕生日記者会見の全文◆ ( 読売新聞 2月23日(土) )

 問1

 東日本大震災から間もなく2年となりますが、被災地の復興への道のりは依然険しい状況です。先月にはアルジェリアでイスラム武装勢力による人質事件が起き、日本人10人が犠牲になりました。一方で、昨年はロンドンオリンピックでの日本人選手の活躍や山中伸弥京都大学教授のノーベル賞受賞といった明るい話題もありました。殿下ご自身は、東南アジア3カ国公式訪問などお忙しい日々を過ごされました。この1年を振り返り、印象に残った出来事についてお聞かせください。

 ご回答

 東日本大震災から約2年がたちましたが、亡くなられた方々や被災された多くの方々のことを思うたびに心が痛みます。今年は、例年になく寒く、特に北日本では、大雪が降るなど、厳しい冬を迎える中、いまだ数多くの方々が仮設住宅での困難な避難生活を送られています。東日本大震災からの復興の道のりは長く、被災者の中には高齢者の方々もおられ、厳しい暮らしが続いていることを深く案じております。仮設住宅での困難な生活や放射能汚染による避難を続けられている方々を始めとして、被災者の方々が安心して暮らせるよう、一日も早く復興が進むことを心より願っております。

 同時に、東日本大震災は、我が国国民の忍耐力や共助の心を国の内外に示し、人と人の絆を強めました。また、この1年を通じ、我が国から防災の知識と経験が様々な形で発信され、世界各国でいかされてきています。

 2月初旬には、雅子と共に国立劇場で、東日本大震災復興支援の一環として行われた東北の民俗芸能公演を鑑賞し、出演者や関係者の方々とお会いする機会がありました。600年の歴史を誇り、地域の人々の心のよりどころとなっている伝統芸能を守り、活動していこうとする保存会の人々のすばらしい公演を鑑賞し、震災に立ち向かいながら、伝統を守り続けるひたむきな姿に心を打たれました。引き続き、東北の方々の復興に向けた取組を国民が心を一つにして支えていくことが大切です。これからも、雅子と共に被災地の復興に永く心を寄せていきたいと思っております。

 昨年は、欧州の財政危機が注目されましたが、我が国を含め、先進国の経済成長・雇用の維持が容易ではなく、世界経済の停滞により、多くの国で貧困や所得の不均衡が拡大し、若者の失業が増加しています。我が国においても、若者がいかに安定した職業に就くかが重要な課題の一つとなっていると思われます。

 昨年6月には、20年ぶりにリオデジャネイロにおいて、「国連持続可能な開発会議」が開催されましたが、我が国においても、近年、少子高齢化やエネルギー・環境問題、地方の活性化などの諸課題を解決し、若い世代が将来に希望を持ち、高齢者が安心して暮らせる持続可能な社会をいかに創っていくのかに関心が高まっています。また、この1年、いじめや体罰など子どもの教育の問題に改めて関心が集まりました。将来を担う子どもたちが健やかに成長し、若い世代が国の内外で自信を持って活躍し、女性、高齢者、障害者を含め全ての人々が、社会に積極的に参画できるような、活力のある社会を構築するために国民全体が世代を超えて協力することが期待されます。そうした観点から、私自身、今年も、国の内外で若者やボランティアの方々など多くの方にお会いしたいと思っています。

 また、昨年は、ロンドンオリンピックやパラリンピックが行われ、多くの日本人選手が活躍したことをうれしく思います。

 このような社会の求心力を高めようとする努力の中で、この1年、ロンドンオリンピックやパラリンピックなど世界の連帯を示す行事があった一方で、残念ながら、一部の国や地域では武力紛争が継続し、子どもを含め多数の犠牲者や難民が発生しています。我が国の女性ジャーナリストも犠牲になりました。また、いわゆるアラブの春もいまだ先行きの見えない状況が続いており、北アフリカにおいては、リビアで米国公館への襲撃により米国大使などが殺害され、アルジェリアでは、天然ガス関連施設が、襲撃を受け、邦人を含め多数の外国人が犠牲になるといった痛ましい事件が起こりました。世界の最前線の厳しい環境の中で、途上国の発展や平和のために尽力されている方々が犠牲になられていることに深く心が痛みます。このような事件が二度と起こらないように願っています。

 科学・技術の分野では、昨年は、ヒッグス粒子とみられる新粒子発見、iPS細胞発見に関する山中教授のノーベル医学生理学賞受賞などのニュースが記憶に残っています。山中教授が、ノーベル賞受賞に当たり、iPS細胞技術による創薬や再生医療を通じ、患者の方々を救いたいとの強い思いを語られたことが深く印象に残っています。そのような志をお持ちの山中教授が、ノーベル賞を受賞されたことを大変うれしく思いました。技術面では、近年、スマートフォンが急速に普及し、また、これによるソーシャルメディアが広く活用されるなど情報通信分野の革新を通じ、社会におけるコミュニケーションの在り方が大きく変わってきています。産業・技術面での発展は、技術革新を通じて、人々の生活を改善するために重要であると同時に、社会に大きな影響を与えます。このため、社会がこうした技術をいかに受容し、いかしていくのか、議論を深めていく必要があります。このような視点から今後とも産業・技術面での進展に関心を払っていきたいと思っています。

 昨年6月に、タイ、カンボジア、ラオスを訪問し、各国の王室、政府あるいは多くの国民の方々との交流を深めました。タイのアユタヤ、カンボジアのアンコールワットなどの史跡を訪れ、各国の長い歴史と我が国との交流に思いをはせるとともに、各国における文化財の保存などに、我が国の関係者が日本の経験や知見をいかしながら、長年関わられていることを目の当たりにし、文化面を含めた我が国と各国との幅広い交流の重要性を再認識しました。本年は、日本スペイン交流400周年に当たり、スペインのフェリペ皇太子殿下と共に、名誉総裁として両国の交流が深まるよう、協力していきたいと考えています。

 最後になりますが、私は、来月初旬にニューヨークの国連本部で開催される「水と災害に関する特別会合」において、基調講演を行う予定になっております。

 言うまでもなく、人類は水なしには生きていくことができません。しかし、水は同時に災害の原因にもなり、水災害により、世界各地で多くの生命や財産が失われています。東日本大震災では多くの尊い命が津波で失われました。私は、国連「水と衛生に関する諮問委員会」の名誉総裁として、昨年来、日本における水災害の歴史を、古い記録や文書(もんじょ)をひもとき、当時の災害がどのような状況であったか、また、人々がこれにどう対応し、復旧、復興がどのように進められたかということについて探る研究を進めておりますが、このような日本の過去の例は、日本はもとより、世界各地で起きる水災害への対応や対処の仕方に一つのヒントを与えるものと思っています。

 安全な水を得られるという点で、日本は世界的にもとても恵まれていると思いますが、一方で水に関連した自然災害には度々襲われてきています。その意味でも、私は今後とも日本における水災害の歴史を研究し、日本の経験と教訓を世界にお伝えしていくことができればと思っています。

 また、「水」は、災害だけでなく、貧困や衛生状況の改善、環境の保護、難民など弱者の保護、地域の安定といった様々な視点から極めて重要な問題です。しかし、これらの問題は、このところますます深刻になっています。最近、グテーレス国連難民高等弁務官やスウィング国際移住機関事務局長とお話しし、このような点を改めて強く感じました。国連は、ミレニアム開発目標の中で「水と衛生」について、「2015年までに、安全な飲料水と基礎的な衛生施設を持続可能な形で利用できない人々の割合を半減させる」という目標を掲げています。安全な飲料水に関する目標については、達成のめどが立っているものの、衛生に関する目標達成のために更なる加速が必要となっています。こうした中で、国連「水と衛生に関する諮問委員会」の活動期間が、ミレニアム開発目標に合わせ、2015年末まで延長されることになりました。これに伴い、私の同委員会の名誉総裁としての任期も2015年、平成27年末まで延長することを昨年末にお引き受けいたしました。今後とも、私の専門分野である歴史に関する研究活動をいかしつつ、「水と衛生」や「災害」の問題について、関係者と協力しながら、取り組んでいきたいと思っております。

          ◇

 問2

 6月に結婚20年を迎えられます。皇太子妃雅子さまと共に歩まれた20年間、楽しかったこと、ご苦労されたこと、いろいろおありだったかと思います。20年の結婚生活を振り返っての感想と、雅子さまや愛子さまへの思いをお聞かせください。

 ご回答

 年月のたつのは早いもので、結婚してからもう20年たつのかと思うと、とても感慨深いものがあります。この間、夫婦で様々なことを共に経験し、共に支え合ってきました。また、愛子も昨年12月に11歳になり、健やかに育っていることをうれしく思いますし、今後の成長を楽しみにしています。雅子にはこの間、苦労も多かったと思いますが、様々なことで私を助けてくれ、力になってもらっていること、また、母親として様々な気配りをしながら、愛子の成長を見守り、支えてくれていることに心から感謝しています。今後とも夫婦で協力しながら、また、愛子も共に、公私にわたり活動していくことができればと思います。天皇、皇后両陛下には、お心遣いを頂きながらお見守りいただいておりますことに感謝申し上げます。また、国民の皆様より私たち3人に対して温かいお気持ちを寄せていただいておりますことに、心より感謝の気持ちをお伝えします。

          ◇

 問3

 雅子さまが療養に入られて10年目となりました。昨年は公務での地方訪問はありませんでしたが、東宮職医師団からは、昨年9月以降、少しずつ疲れが取れ、徐々にご自身の活動に取り組まれているとの見解が示されました。雅子さまが療養に入られてからの日々を振り返り、どのような思いをお持ちですか。最近のご様子、公務復帰への見通しについてもお聞かせください。

 ご回答

 雅子への気遣いを大変うれしく思います。雅子は、周りの方々からのご協力を得ながら、快方に向けて精一杯の努力を続けております。

 この10年を振り返ると、雅子は、体調の波がある中で、公私にわたってできる限りの活動をしてきました。その様子をそばで見ていると、心身の不調を抱えながら生活していくことの大変さがよく分かります。そうした中で、雅子は、様々に工夫をしながら活動の幅を広げ、東日本大震災を始め様々な出来事に心を砕き、困難な状況に陥っている人々の生活が少しでも良くなるよう心を寄せてまいりました。また、東宮御所内の仕事などで私を支える一方、愛子の成長にも心を配り、愛子が充実した日々を送るようになっていることをうれしく思っています。

 お医者様から既にご報告があったとおり、雅子は一昨年後半から昨年にかけて、いろいろな疲れが出ておりましたが、最近はその疲れも少しずつ取れてきているように思います。先ほども申し上げましたが、先日も国立劇場で行われた宮城県石巻市の民俗芸能公演を一緒に鑑賞できたことを私もうれしく思いましたし、雅子自身も喜んでおりました。

 雅子は、確かに快方に向かっておりますが、更に療養が必要です。雅子には、健康の回復を最優先にし、お医者様からご助言いただいているように、体調を整えながら、焦らずに、少しずつ活動の幅を広げていってほしいと思います。引き続き皆様方にも、安心できる環境作りの面でご協力をお願いいたしますとともに、雅子の回復を長い目で温かく見守っていただければと思います。

          ◇

 問4

 愛子さまはご両親の付き添いなしで通学されるようになり、バスケットボール部や管弦楽部など、さまざまな活動に意欲的に取り組まれていると伺っています。4月には6年生になられます。愛子さまのご成長ぶり、最近のご様子について、具体的なエピソードを交えながらお聞かせください。この1年、両陛下、秋篠宮ご一家とはどのような交流をされましたか。

 ご回答

 愛子については、5年生になって、学校の勉強も随分大変になってきましたが、授業の科目数とともに委員会活動、クラブ活動などの課外活動も増えて、忙しい中にも、充実した毎日を送っているように思います。

 5年生から始めたバスケットボールクラブでは、初めての対外試合で他校を訪れ、他校の皆さんと試合を行ったり、初等科での試合の場合には、試合後は交流も行ったり、非常によい経験になっているように思います。

 また、この冬休みには、親元を離れて、初めてお友達とスキー合宿に参加するなど、お友達との活動の場も増えてきました。今回のスキーは愛子にとっては、3年近く前の春休み以来の久しぶりのスキーとなりましたが、たくさん練習し、少し上達したようで、本人にとっても、自信が付いたことと思います。

 何よりも、愛子自身が、自分で考え、行動することができるようになり、頼もしくなったと感じます。早いもので、春には6年生になりますが、愛子が、新たな知識を習得し、経験を広げながら、健やかに成長していくよう、雅子と共に見守っていきたいと思います。

 天皇、皇后両陛下には、私たち3人にお心遣いを頂きながらお見守りいただいておりますことに感謝申し上げます。両陛下には、お誕生日のお祝いや様々な行事を含め3人でお会いすることがこの1年度々ございましたが、御所に上がらせていただいた折に、お食事をご一緒したり、両陛下に愛子が静養で集めた貝殻をお見せしたり、昨年の宮内庁職員文化祭に、皇后陛下が作品を出展される際には折り紙の制作をお手伝いさせていただいたり、楽しく過ごさせていただいております。

 秋篠宮家とは、様々な機会にご一緒し、子どもたちで楽しく過ごすことがあります。愛子は、そうした機会などに、佳子ちゃんや悠仁ちゃんとご一緒し、楽しくお話をしているようです。

 国民の皆様に温かく心をお寄せいただいていること、多くの方々に愛子の成長を支えていただいていることに感謝しております。

          ◇

 問5

 天皇陛下の心臓手術から1年が経ちました。陛下は昨年の会見で「しばらくはこのままでいきたい。病気になったときには、皇太子と秋篠宮が代わりを務めてくれますから、何も心配はなく、心強く思っています」と述べられました。今年80歳になられる陛下の公務の在り方についてどのようにお考えですか。手術前後やご回復の過程で、陛下や皇后さまとはどのようなお話しをされましたか。陛下は「天皇の務めには国事行為のほかに、公的に関わることがふさわしい象徴的な行為という務めがある」とも述べられましたが、将来天皇となられるお立場から、殿下ご自身は公務をどのようなものとお考えですか。

 ご回答

 天皇陛下には、昨年2月のご手術の後、順調にご快復になられていることを大変うれしく思っております。ここには、天皇陛下のご快復への強いお気持ちと皇后陛下の献身的なご看護がおありになったことと思います。ご手術に当たり、陛下には、3月11日の東日本大震災1年の式典へのご出席を念頭に置かれてご手術の日取りをお考えになられましたが、式典にご出席になることがおできになり、ご安堵(あんど)されたと思います。また、先生方にはよくご準備をされておられたとのことで、陛下も安心して手術に臨まれ、関係者の尽力を深く多としておられ、私も感謝したいと思います。私も雅子もご手術のご成功と順調なご快復を心からお祈りしておりました。臨時代行を務めたことに対して陛下からは温かいおねぎらいのお言葉を頂きました。

 陛下のご公務については、陛下ご自身が、昨年のお誕生日の記者会見に際して、「負担の軽減は、公的行事の場合、公平の原則を踏まえてしなければならないので、十分に考えてしなくてはいけません。今のところしばらくはこのままでいきたいと考えています。」と述べられています。このようにお仕事の一つ一つを心から大切にされている陛下のお気持ちを大切にしたいと考えますが、同時に、陛下のご年齢を考えますとご負担の軽減は必要と思われます。どのような形でご負担の軽減が可能なのか、ご出席になられる公的行事の数を大きく減らさないとしても、個々の行事のご負担を少なくする方法を考えるなど、周りがいろいろと考え、お助けしていくことは必要だと思います。私も、少しでもお役に立つことがあれば、喜んでお力になりたいと思います。天皇、皇后両陛下には、ご公務で大変お忙しい日々を送っておられますので、くれぐれもお体を大切になさっていただきたいと思っております。

 また、公務についての考えにつきましては、以前にも申しましたが、過去の天皇が歩んでこられた道と、そしてまた、天皇は日本国、そして国民統合の象徴であるとの日本国憲法の規定に思いを致して、国民と苦楽を共にしながら、国民の幸せを願い、象徴とはどうあるべきか、その望ましい在り方を求め続けるということが大切であると思います。同時に、これまで行われてきている公務を踏まえつつ、将来にわたり生じる日本社会の変化に応じて、公務に対する社会の要請に応えていくことが、重要であると考えております。私としても、常に学ぶ姿勢を忘れずに、他人への思いやりの心を大切にしながら、世の中のためにできることを心掛けてやっていきたいと思っております。

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 ◆関連質問◆

 問1

 第5問目に関連しまして、先ほど臨時代行について、陛下から温かいねぎらいのお言葉があったと述べられましたが、どういうお言葉だったのでしょうか、さらに、陛下とのコミュニケーションに関して、昨年、一昨年くらいから、御所で陛下と殿下と、また秋篠宮殿下と長官も入って、懇談をされていると伺っていますが、その際どういった話題が話されているのか、また、今お述べになられた象徴天皇の在り方について、例えば陛下から直接お考えをお聞きになるような場面があるのかなどについてお聞かせ願います。

 ご回答

 陛下からは、具体的には、臨時代行のお仕事本当にご苦労様でしたというような非常に温かいお言葉を頂戴いたしました。もちろん私は臨時代行を務めた後は、必ず陛下の所に伺って、臨時代行としてどのようなことを私が行ったかといった個々のことをご報告申し上げておりますので、それに対して、いろいろご質問もあったりしましたけれども、その後で本当にいろいろご苦労でしたということをおっしゃっていただいて、本当に私自身も大変うれしく思いました。また、陛下の所でのいろいろな話合いについては、発表事項では特にないので、細かいことは申し上げるつもりはありませんけれども、私、それから秋篠宮が折に触れて、陛下の所で、陛下のご意見を伺ったり、あるいはいろいろな意見交換をするということは、非常に私自身も大切なことだと思いますし、私自身も大変有意義な一時を過ごさせていただいております。最後の質問については、陛下と折に触れてご質問の象徴天皇の在り方について、具体的にどういうことを話しているかは申し上げられませんけれども、陛下ご自身がいろいろ思われていること、あるいは体験されてきたことなどをお話しくださるので、私としても本当にいろいろと参考にさせていただいておりますし、大変有り難いことだと思っております。

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 問2

 1問目の関連のお話の中で、来月の米国のご旅行と国連の会議のご講演の話がありましたけれども、今回の基調講演を通じて世界にどのようなメッセージを殿下は発信したいとお考えでしょうか。お聞かせいただければと思います。

 ご回答

 少し先ほどもお話ししましたが、一昨年の3月11日の東日本大震災で非常に大きな被害を受けたように、日本は度々水災害の被害に遭ってきて、そういった経験は今までいろいろと蓄積されていると思っています。そういったことが昔の古い記録、それから文書(もんじょ)などをひもといてみると、その中にいろいろと書かれておりまして、被害状況がどうだったかとか、当時の人々がそれにどういうふうに取り組んだかということも細かく見ていくといろいろなことが書かれております。そういったことは、もちろん今後の復興についても参考になると思いますし、世界でも似たような水災害などがあった場合に、何らかのヒントになるのではないかと思います。私としてはそういったいろいろな日本の過去の経験を今回国連の場でお話しして、そして世界の多くの方々の参考にしていただければと、そういうふうな思いでおります。

          ◇

 問3

 雅子さまの治療についてお聞きしますが、医療の現場では診断や治療方針について主治医以外の医師の意見を聞く動きが徐々に広がっています。いわゆるセカンドオピニオンというものですが、雅子さまの療養が10年目となった今、東宮職医師団以外の医師から意見を聞くことも有効ではないかという声も出ているのが現状です。殿下は、雅子さまの治療に対してセカンドオピニオンを用いるお考えはございませんでしょうか。

 ご回答

 私としましては、今まで見ておりますと、東宮職医師団が大変に良くやってきていただいていますし、その治療を私も非常に深く多としておりますので、今のところセカンドオピニオンという考え方は特にございません。




                                    
                以上  皇太子さま53歳 誕生日記者会見 



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皇太子殿下 皇位継承者としてのご覚悟 1
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明成社編「皇太子殿下」の打越和子氏は、

平成五年、ご成婚報道でわきかえるなかで、
産経新聞の尾崎龍太郎記者が書いた「私的、体験的皇太子論」という一文に注目されました。




-----------尾崎氏は昭和六十年、二年間の英オックスフォード大学留学を終えられてご帰国中の殿下をニューヨークで取材した。「ひょっとすると アメリカのどこかでお見合いをさされるかもしれない」と、マスコミは執拗に殿下を追い回していたという。尾崎氏は、こう書いている。



そんなある日、わたしは、いたたまれなくなって、「直接話しかけてはいけない」という協定を破り、殿下にこう申し上げた。
「殿下、申し訳ありません。かけがえのない自由を楽しまれておられる時間にお邪魔ばかりしておりまして」
すると、殿下は、微笑を浮かべられて、きっぱりとおっしゃられた。
「いいえ、自由は二年間オックスフォードでじゅうぶんに堪能しましたから」
たった二年間の自由。それだけでじゅうぶんに堪能したといわれる殿下。この返答には今後は天皇家のご長男としてひたすら国民のことだけを考えて「天皇の道」を歩まれる「覚悟」が示されている。もう自分の人生には自由はない。二十五歳の青年が示したなんと壮絶な「覚悟」ではないか。

(平成五年一月三十一日付産経新聞)



殿下はお生まれになったその瞬間から、将来の天皇となるべき定めを負っておられた。その重い定めを、どのように受容され、さらには積極的な意志と覚悟に変えていかれるのか、余人には想像がつかない。だが、殿下は、その定めを当然のことと受け止め、前を向いて闊歩していらっしゃることに尾崎氏は強い印象を受けたのである。
殿下のそのご自覚を育むため、誰よりも心を用いてこられたのは、ほかならぬ父君の陛下であられた。

以上 明成社編「皇太子殿下」P12-15より引用



父子相伝という言葉があたるのか、昭和五十一年十二月、当時皇太子であられた陛下の、四十三歳のお誕生日前の記者会見で、こう述べられていいます。


帝王学という言葉が適切かどうかとも思いますが、たとえば、日本の文化、歴史、とくに天皇に関する歴史は学校などでは学べないものものです。それをこちらでやっていくことはしたい。来年は(浩宮も)高校三年になり、時間的にはとりやすくなる。「象徴学」は一つの言葉で表せないと思います。
いろんな材料を与えて、それをいかに咀嚼していくかが大事です。


この陛下のご意向のもとに、殿下への歴代天皇に関するご進講が始まりました。

五年後の昭和五十七年三月の記者会見で殿下はご進講進捗内容の印象を問われ、こうお答になった。



第九十二代の伏見天皇めでの歴代の天皇のお話を伺ってきました。ですから歴代天皇全部のお話を伺ったのではないわけですけれども、、そういうお話を伺って感じることは、歴代天皇が文化を大切にしてこられたということです。
それと、これは次の機会にお話しを伺うことになっている花園天皇という天皇がおられるんですけれども、この天皇はさきほどの九十二代伏見天皇の皇子に当たるわけですが、その天皇がその時の皇太子である量仁親王、のちに光厳天皇となる人ですが、その親王にあてて書き残したものが残っているんです。
誡太子書(太子を誡むるの書)と呼ばれているんですが、この中で花園天皇は、まず徳を積むことの必要性、その徳を積むためには学問をしなければならないということを説いておられる
わけです。その言葉にも非常に深い感銘を覚えます。




 誡太子書の内容については、大変厳しく皇太子の自覚を促すものであり、その大意は、以下によく表れています。

 「愚人は時変に達せず。昔年の泰平をもって、今日の衰乱を計る。謬れるかな、謬れるかな。近代の主、猶未だ此の際会に当たらず。恐らくは唯太子登極の日、此の衰乱の時運に当たらむか。内に哲明の叡聡有り、外に通方の神策有るに非ずむば、則ち乱国に立つを得ず。是れ朕が強いて学を勧むる所以なり。今時の庸人、未だかつて此の機を知らず。宜しく神襟を廻らして、此の弊風の代に尚うべし。詩書・禮楽に非ざるよりは、得て治むべからず。是をもって寸陰を重んじ、夜をもって日に継ぎ、宜しく研精すべし。」
 「凡そ学の要たる、周物の智を備え、未萌の先を知り、天命の終始に達し、時運の窮通を弁じ、若に古に稽え、先代廃興のあとを斟酌し、変化窮まり無きものなり」
 
 愚か者は世の中の移り変わりに気づかずのほほんとしていますが、皇太子はそんなことではいけない。時代の動きを事前に察知し、対応できるように、研鑽を積まなければならない
 というほどの謂いでしょうか。
 誡太子書は千四百八十九字からなる漢文だそうですが、拝察するに、殿下はご先祖の切実な声としてお受けとめになられたと思われます。

平成二十二年二月、五十歳のお誕生日記者会見でこの書について、再び言及されています。

花園天皇の言われる「学問」とは、単に博学になるということだけではなくて、人間として学ぶべき道義や礼儀をも含めての意味で使われた言葉です。私も五十歳になって改めて学ぶことの大切さを認識しています。


また 誡太子書には祭祀に関して、次の一節があります。


「余、性拙く智浅しと雖も、粗典籍を学び、徳義を生し、王道を興さんと欲するは。只宗廟祀を絶たざらんが為のみ。宗廟祀を絶たざるは、宜しく太子の徳にあるべし」



古来、祭祀は天皇第一の務めとされ、歴代天皇はその伝統を継承して今に至っています。

新嘗祭は、純白の絹の祭服をお召の天皇陛下が神嘉殿で新穀を皇祖始め、神々にお供えになり、神恩を感謝された後、陛下自らもお召し上がりになる祭典で、毎年十一月二十三日に夕の儀、暁の儀のそれぞれ二時間余りお務めになる皇室の重儀です。

神嘉殿の本殿で天皇陛下が神饌を供されている間、神嘉殿の西隔殿に、古来より皇太子だけが座すことを許されています。これは ひたすら 西隔殿で心耳を澄ます皇太子としての年月が必要だ ということではないか と前掲書の打越和子氏は述べています。

平成の皇太子も、すでに二十年を超えて、この新嘗祭の体験を積まれてきておられる
わけです。

平成二十一年一月七日、昭和天皇二十年式年祭の儀が宮中三殿で行われました。天皇陛下のご名代として皇太子殿下が、そして皇后陛下のご名代とし皇太子妃殿下が、祭服をお召しのうえ、祭祀をおつとめになられておられます。



さて 2012年2月21日、東宮御所で 23日のお誕生日を前にしての 国事行為臨時代行中の皇太子殿下の記者会見が行われました。

天皇陛下心臓バイパス手術の術後や
退院後も御所で続く心臓リハビリ療養を鑑み、
また 女性宮家創設の是非を問う有識者ヒアリング開始を鑑み、
以下 その全文を掲載、記録に留めておくことにしました。


◇皇太子さま誕生日会見・全文
2012年2月21日、東宮御所で



皇太子殿下御家族20120223



≪宮内記者会代表質問≫

 (問1)昨年は東日本大震災や豪雨被害など災害が多い1年でした。一方でサッカー女子日本代表「なでしこジャパン」がワールドカップで優勝するなど明るいニュースもありました。皇太子さまは、大震災を受け、雅子さまと被災地や避難所を回られ、6月には日独交流150周年名誉総裁としてベルリンを訪れて国際親善に尽力されるなど多忙な日々を過ごされました。この1年を振り返って印象に残った出来事について、被災地の復興にどのように関わっていきたいかも含めて、お聞かせください。

 皇太子さま  この1年、東日本大震災をはじめとして、国内外で大きな災害が相次いで起こりました。2万人近くの死者と行方不明者を出した未曽有の震災からもうすぐ1年になりますが、この1年、震災のことは常に頭から離れませんでした。東京都内や埼玉県の避難所を訪れたのに続いて、宮城、福島、岩手の3県を雅子と共に訪れ、被災された方々をお見舞いし、お話を伺ったことや、地方訪問の機会に、その地に避難された方々とお会いしたり、被災地から都内に移り、元気に学ぶ小学生とお話ししたりしたことを一つ一つ思い出します。

 震災で家族や親しい人を亡くされた方々の悲しみはいかばかりかと思いますし、今なお、震災や原子力発電所の事故などで故郷を離れたり、被災地で不自由な暮らしをされたりしておられる方々のことを考えると心が痛みます。

 そうした困難な状況下にあっても、被災された方々が力を合わせて復興に向け歩んでおられることは、大変心強く思います。一例を挙げれば、昨年8月に岩手県の大船渡市にお見舞いに伺った際に、仮設住宅での暮らしの中で、住民の方々が自治会などの組織を作り、力を合わせ、困難を乗り越えながら前に進んでいこうとされる姿に感銘を受けたことを思い出します。

 また、夏には台風12号による大きな被害が紀伊半島を中心として発生したことをはじめ、豪雨などによる災害で犠牲になった方々も多数に上った年でした。昨年秋の全国育樹祭で奈良県を訪問した際に、その被害状況や復旧、復興の状況につき詳しく伺う機会があり、自然の破壊力の大きさに改めて衝撃を受けたことを思い出します。

 ここに改めて、さまざまな災害で犠牲になられた方々のご冥福をお祈りし、また、被害に遭われた方々にお見舞いを申し上げます。また、こうした災害に際しての救援・救助活動や震災後の原発事故などの対応、対策に昼夜を分かたず尽くされた多くの方々に感謝の気持ちを述べたいと思います。

 昨年6月に公式訪問したドイツでお会いしたドイツ大統領や、11月に天皇、皇后両陛下のご名代としてお迎えしたブータン国王、王妃両陛下をはじめ、さまざまな機会にお会いした外国の方々から、東日本大震災に対して、多くの温かい励ましの言葉をいただき、勇気付けられたことが深く心に残りました。そうしたお見舞いの言葉に加え、世界各国の多くの方々からさまざまな形で支援や励ましをいただいたことも大変ありがたく、私からも機会を捉え、感謝の気持ちを申し上げております。

 昨年は、国外でも多くの災害が発生した年でした。ちょうど1年前の私の記者会見と相前後して、ニュージーランドで大きな地震が起こり、現地の方々や日本人も多く犠牲になったことが思い起こされます。また、秋にはタイで水害が起こり、多くの命が失われるとともに、タイはもとより、現地日系企業の活動に甚大な影響が出るなど、日本及び世界の経済にも大きな影響を与えました。私は、引き続き国連「水と衛生に関する諮問委員会」の名誉総裁をお引き受けしておりますが、今や水の問題に関して、水災害の占める割合は極めて高くなってきています。東日本大震災の津波の被害についても、歴史を研究する者として、過去に起こった地震津波をしっかりと検証して、来るべき災害に備えることの重要性を日本はもとより、世界に向けて発信していきたいと思っております。

 国内外で大規模な災害などに見舞われる中で、被災地などで困難な状況にある人たちを、特に多くの若者たちがボランティアとして現地に赴き、助け合う姿も印象に残りました。両陛下から引き継がせていただいている仕事の一つに、これから海外に赴く青年海外協力隊とお会いすることがありますが、昨年海外に赴任する隊員の中には、被災地でのボランティア活動を経験した上で途上国で活動する方々もあり、そうした隊員たちとの会話を通じ、その志に勇気付けられるものがありました。その他、私の知人や学習院大学の学生などで被災地でさまざまなボランティア活動に携わった人たちからの話も被災地のことを考える上でとても有益でした。

 大震災から1年がたち、被災地でのボランティアの数も減ってきているとの報道も目にしますが、今なお困難な状況にある人々のことに、一人でも多くの人が思いを寄せ、それぞれが可能な形で手を差し伸べることが大切であると思います。被災地の復興には時間がかかると思います。私も、雅子と共に、これからも常に被災された方々と被災地に思いを寄せ、その復興を見守っていきたいと思っています。

 昨年は、経済面でも、1年を通じ、震災の被災地の経済、ひいては日本経済全体への影響が案じられる年でもありました。また、先ほど触れましたタイにおける洪水の日系企業への影響や、ヨーロッパにおける財政危機が円高などの形で日本経済に影響を与えることなどを考えますと、「経済のグローバル化」という言葉を改めて実感する年でもありました。国際情勢という点では、依然として不透明な状況が続く中、ミャンマーにおける民主化の動きや、昨年の会見でも触れました「アラブの春」と呼ばれる一連の変化も印象深かった年でした。

 全体として明るい話題が少なかった昨年の中で、サッカー女子日本代表「なでしこジャパン」のワールドカップでの優勝は大変うれしいものでした。普段から大変な努力を重ね、試合では点を取られても絶対に諦めない、そういった姿勢は多くの人々の共感を呼び、日本社会全体を勇気付けるものだったと思いました。

 また、私自身は、昨年は、日独交流150周年の名誉総裁として、ドイツ公式訪問をはじめ、日本、ドイツにおいて開催されたさまざまな関連行事に出席いたしました。このことは、私自身、日本とドイツの長い交流の歴史に思いをはせ、将来の両国の関係につき考える良い機会となり大変有意義でありました。また、ドイツ訪問や国内の行事においても名誉総裁を務めたことが、日本とドイツとの関係強化に少しでもお役に立ったのであれば幸いです。
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 (問2)天皇陛下は今月、冠動脈バイパス手術を受けられ、昨年11月には気管支肺炎で入院されました。その際、皇太子さまは国事行為臨時代行をお務めになり、天皇陛下の名代としての役割を果たされました。ご高齢となった天皇陛下のご公務の負担を軽減する必要性も指摘されています。昨年の会見で皇太子さまは「両陛下に過度の負担がかからないようにとの配慮が重要」と述べられ、秋篠宮さまは昨年の誕生日会見で「定年制」にも触れられました。陛下のご健康が気遣われる中で、今後のご負担軽減のために、皇太子さまは両陛下とどのようなお話をされたでしょうか。皇太子さまご自身は、どのように公務を担っていくお考えでいらっしゃいますか。

 皇太子さま 天皇陛下には、18日の手術をご無事に終えられたことを心からお喜び申し上げます。皇后陛下もさぞ安堵(あんど)なさったことと思います。また、今回のご手術に関係された方々のご尽力とご協力をありがたく思います。私も19日に秋篠宮と一緒にお見舞いに伺いましたが、お部屋に入ると「お見舞いありがとう」と、いつもと変わらないお声を伺い、安堵いたしました。陛下の速やかなご快復を心からお祈りしております。

 この度のご入院に伴って、私は、17日より国事行為臨時代行を務めておりますが、その責務をしっかりと果たしていく所存であります。

 ご質問にありました通り、昨年11月には、国事行為臨時代行として、また、幾つかのご公務について陛下のご名代としてお仕事を務める機会がございました。その際には、国賓として来日された、ブータン国国王、王妃両陛下のご接遇や勲章の親授式など、私にとり初めて経験をさせていただく機会ともなりました。同時に、ご高齢となられた天皇陛下をお助けし、改めて更なる研鑽(けんさん)を積まなければならないとの思いを強くいたしました。

 今後の陛下のお仕事については、私自身、これまでも記者会見の場などで申し上げてきております通り、その内容を考慮することにより、陛下に過度の負担が掛からないようにして差し上げる配慮がますます重要になってくると思います。同時に、このことは、そうしたお仕事の一つ一つを心から大切にお考えになっておられる陛下のお気持ちに沿って考えるべきであると思います。そうは言いましても、陛下のご年齢を考えますと、ご負担の軽減は必要と思われますので、周りがいろいろと考え、お助けしていくことが大切です。私も、このようなことで、少しでもお役に立つことがあれば、喜んでさせていただこうと考えております。

 両陛下とはさまざまな機会にお話しすることはございますが、私からは、この場では今申し上げたこと以上に申し上げることは控えたいと思います。何よりも、両陛下が今後ともご健勝でいらっしゃることを心からお祈りしております。
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 (問3)女性皇族が結婚に伴い減っていくと予想されることから、政府が「女性宮家」制度の創設について検討を始めました。秋篠宮さまは昨年の記者会見で、議論の過程で、ご自身や皇太子さまの意見を聞いてもらうことがあってよい、と発言なさっています。制度そのものは国会の論議に委ねられるお立場だと思いますが、ご家族の将来にも関わる問題として、皇室の現状をどのように捉えられ、両陛下や秋篠宮さまとどんな意見を交わされているでしょうか。ご自身が何らかの形で意見を伝える場が必要と思われているかどうかも合わせて教えてください。

 皇太子さま 「女性宮家」に関して、政府が検討を始めたことやさまざまな意見が示されていることは承知しております。

 両陛下や秋篠宮とはさまざまな事柄につき話をする機会がありますし、秋篠宮の発言についても承知しております。私としても内親王(愛子さま)の親としていろいろと考えることもありますが、この問題は、今まさに政府が検討を始めたばかりであり、今後、国会をはじめいろいろな場で議論が行われることと思われますので、それ以上の発言は控えたいと思います。

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 (問4)雅子さまが療養に入られて9年目になります。昨年は愛子さまの通学への付き添いを続けられた一方、東日本大震災の被災地を訪れるなどの活動にも取り組まれました。一方で、秋以降は公務などで外出される機会はあまりありません。山梨県での愛子さまの校外学習に付き添われたことや、東宮職医師団の見解に週刊誌報道への強い批判も記されたことに対して、さまざまな意見も出ました。雅子さまの最近のご様子や、公務復帰への道筋について、お考えをお聞かせください。

 皇太子さま 雅子は、東日本大震災の被害に大変心を痛め、被災された方々をお見舞いするために、東京都や埼玉県の避難所、そして、宮城、福島、岩手の東北3県の被災地を訪れるなど、体調に波がある中で、被災地の方々に心を寄せ、力を尽くしてきていると思います。 

 また、愛子の学校での問題に関しては、学校の先生方との度重なる相談や愛子の付き添いをはじめとして、愛子が安心できる環境で通学ができるように、母親としてできる限りの努力を払ってきた1年でもありました。雅子のそうした努力もあって、愛子は、今では元通りの学校生活を楽しむようになっており、私も雅子も安堵し大変うれしく思っております。雅子は、自分自身の体調のこともある中でとても大変だったと思いますが、本当に頑張ってよく愛子を支えたと思います。また、これからも愛子の学校の内外での活動の幅が広がるにつれ、雅子の、母親としての気配りが引き続き大切になってくるように感じております。

 雅子については、天皇陛下から、一昨年の陛下のお誕生日のご会見で「皇太子妃の公務のことがよく言われますが、何よりも健康の回復に心掛けるよう願っています」とのお言葉を頂いております。まずは、健康の回復を最優先にして、体調を整えながら、焦ることなく徐々に、活動の幅を広げていってほしいと思っております。

 いずれにしても、雅子は病気療養中でありますので、引き続き、皆様方には、ご理解とご配慮をお願いするとともに、温かくお見守りいただきたいと思います。

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 (問5)通学への不安から、一昨年3月以降、皇太子さまや雅子さまに付き添われて学習院初等科に通われていた愛子さまが、昨年11月中旬以降は、付き添い無しで通学される日が多くなり、小町東宮大夫も記者会見で、愛子さまの通学状況について、「顕著に良い方向に向かっている」と述べています。皇太子さまは昨年の会見で「親として愛子のために何をしてあげられるのかという思いで、雅子と共に考え、歩んできました」と心境を述べられました。愛子さまの現状と、この2年、ご夫婦でどのように愛子さまをサポートしてこられたかについて、お聞かせください。

 皇太子さま 愛子は、昨年秋以来、親の付き添いなしで通学する日が増え、今年に入ってからは従来通りの形で、通学し、元気に過ごしています。

 この件については、一昨年来、天皇、皇后両陛下をはじめ、多くの国民の皆様にお気遣いをいただき、温かくお見守りいただいてきましたことに、この場をお借りして改めて感謝申し上げます。

 愛子へのサポートについてですが、現在の状況に至るまでには、体調が万全でない中、昨年秋まで毎日のように学校に付き添いながら、先生方や関係者と相談を続けて問題の解決に力を尽くしてきた雅子の努力が大変大きかったと思います。私自身も父親として、雅子とも相談しながら、時間の許す限り愛子をサポートしてきました。

 愛子は4年生になり、学校の特別クラブ活動として管弦楽部に6月に入部したことが大きな励みになったように思います。授業が始まる前や、放課後にお友達と一緒にチェロの練習をしたり、演奏会でみんなと一緒に演奏したり、楽しそうに参加しており、また、音楽以外でも、興味や関心もいろいろな分野に広がってきています。

 また、愛子が初めて、学校のお友達と一緒に泊まり掛けの生活を体験した、昨年の山中湖における校外学習への参加は、愛子が学校生活への安心感を取り戻す上で、大きなステップになったと思います。校外学習を経て、愛子が大きなものを一つ乗り越えたように見受けられました。また、そこから、学校へ通うことに対して、自信を持って進めるようになったように思います。校外学習への参加は学校側からもお勧めをいただき、いろいろとご配慮いただいたこともありがたいことでした。また、学校生活のさまざまな場面で、親しいお友達の皆さんが愛子を誘ってくださり、愛子が元通りの学校生活を送れるようになるきっかけを作ってくださったことにも感謝しています。

 愛子は、昨年12月に満10歳になりましたが、10歳という年は、気付いてみれば、成人を迎える20歳のもう半分ということになります。この10年の愛子の歩みを振り返ると親として感慨もひとしおですし、これからも健やかに育っていってほしいと願っております。


≪関連質問≫

 (問1)昨年12月の雅子さまのお誕生日に際しての東宮職医師団の見解なんですが、その中で週刊誌を中心とした報道に対して「専門家として憤りを覚えるものであり、この状況が改善されない限り順調なご快復は望めないと考えております」という文言がありました。医師団の見解としては異例とも言える内容だと思ったんですけれども、問4の質問にあったように、国民の間からもいろいろな意見が出ました。この医師団の見解について、皇太子さまはどのようにお感じになりましたでしょうか。

 皇太子さま これは医師の先生が思われたことを率直に述べられたことですし、また雅子にとってもそのようなことが治療の上でも障害になっているとの見解でもありましたので、それはそのように私も受け止めましたし、先ほどもお話ししましたように、まだ雅子も治療の段階でありますので、引き続き皆様には温かく見守っていただきたいというふうに私からもお願いしたいと思います。

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 (問2)定年制について、改めてお伺いいたします。ご高齢になられた天皇陛下に関して、ご負担の軽減という観点から、一定程度の年齢に達せられた場合、国事に関する行為のみにご専念いただきまして、他の公務については、皇太子さまをはじめ皇族方にご負担いただくという考え方、いわゆる定年制という考え方もあろうかと思いますけれども、それについての皇太子さまのお考えをお聞かせ願えればと思います。

 皇太子さま 先ほどもお話しいたしましたけれども、ご高齢になられた天皇陛下のご公務のご負担の軽減ということは、非常に大切な問題だと思いますし、またその方法を巡っては、先ほども私はお話ししましたけれども、いろいろなことが考えられるのではないかと思います。そういったことを、これも繰り返しにはなりますけれども、陛下のご意志を尊重しながら、周りで一生懸命に、陛下にとりどのような形でご負担が軽減なされるかどうか検討することが、私は大切だと思います。そこにはいろいろな選択があるのではないかと思います。

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 (問3)ご検討中のフランス訪問についてお伺いします。皇太子さまは来月マルセイユで開かれる第6回世界水フォーラムに招待され、現在出席について検討されていると伺っておりますけれども、この度手術を受けられた陛下のご回復の状況によっては、国事行為を臨時代行されている期間とフランス訪問が重なる可能性があると思いますが、現時点でフランス訪問についてどのようにお考えでしょうか。

 皇太子さま これについては、現在検討がなされておりますけれども、ただ今国事行為の臨時代行をしております関係で、国事行為臨時代行などの責務などからして、出席は難しいかと思われますけれども、いずれにしても近日中にこれについては決定したいというふうに考えております。

 付け加えれば、今回のマルセイユについては、公式訪問というのではなく、非公式訪問であるという、訪問の性格が違っているということを一言お伝えしようと思います。



 (問4)先ほどもお答えいただきましたけれども、陛下の心臓の手術が無事終了しまして、本当にほっと安堵されていると思います。先ほどお見舞いに行かれた時に、「お見舞いありがとう」とおっしゃったということがありましたけれども、その他どのような、秋篠宮さまと共にご兄弟で陛下のもとに行かれて、もう少しご様子を教えていただければということと、陛下が心臓の大きな手術を受けられたということを皇太子さまとしてはどのように受け止められたのかということを改めてお伺いできればと思います。

 皇太子さま お見舞い自体は集中治療室におられましたし、時間はもちろん限りがありましたけれども、その中でまず「お見舞いありがとう」というようなことをはっきりとおっしゃられました。それから今のご気分であるとか、その他のこともいろいろと伺いましたけれども、いずれもはっきりとお答えになっておられたのが印象的でしたし、私自身も陛下のお見舞いをさせていただいたということを大変ありがたく思っておりますし、そのような陛下を拝見して心から安堵いたしました。

 陛下には以前からも心臓に若干の違和感をお持ちでいらっしゃいましたし、そういう意味でも今回のご手術に対しては、ある意味では、非常にそれを期待されているのではないかということを、私はそばで拝察いたしました。本当にそういう意味でも今回のご手術をご無事に終えられたということは、本当に良かったと思いますし、ただ、これから先、本当にご無理をなさらないで、またご快復になられることを本当に心からお祈りしております

 

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ちあき

  • Author:ちあき
  • 白線同盟駆坂あかね様
     御賜物<KAREN>

     『 0 』 ( 2013.07.05 )

    作曲・MIDI制作 嶋 是一さん



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